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国道476号 古代北陸道・北国街道の木ノ芽峠

旧美山町から少し飛んで、木ノ芽峠のあるR365交点から終点の敦賀市内まで紹介します。

新旧の北国街道(福井県南越前町・旧今庄町)
R476_052
7世紀の大化の改新で日本全土統一が図られるとき、木嶺と呼ばれる険しい山脈を越えて北陸地方にアクセスするルートとして、木ノ芽峠が整備された。
そして、木ノ芽峠経由が官製の古代北陸道として使われるようになった。
しかし、中世になると、余呉まで舟運が使えるようになり、R365が継承している栃ノ木峠の方が利用されるように変わってしまう。
中世から今に至るまで北国街道と言えば栃ノ木峠経由で、新旧の北国街道の交点が木ノ芽トンネルの出口でぶつかる。
(06.07.02.撮影)

木ノ芽トンネル(福井県南越前町・旧今庄町)
R476_051
7世紀頃まで大和地方を拠点としたヤマト王権は、福井・滋賀県境に横たわる山脈の南側までを領土としていたと言われている。
「福井県は近畿か、北陸か」あいまいな印象を受けるのは、木嶺より南側と北側で歴史的に培われてきた文化圏が分かれるためである。
この山脈より南側の嶺南(若狭)地方が近畿圏で、北側の北嶺(越前)地方が北陸圏であり、福井県はその両地方を含んでいる。
文化を分けるほど気候や風土を変えてしまうのが、この木嶺である。
木嶺を越える最初の官製の道路「官道」は、木ノ芽峠を越えるルートを採用された。
車が通れるようになったのは2004年に木ノ芽トンネルが開通してからである。
トンネル開通により嶺南と嶺北を結ぶ道路が1つ増えて、R8の代替ルートとして使えるようになった。
(06.07.02.撮影)

木ノ芽峠の麓・最奥集落の新保地区(福井県敦賀市)
R476_046
古代北陸道を引き継ぐR476は、敦賀市内を通り敦賀湾に注ぐ木ノ芽川に沿って走っている。
古代の木ノ芽峠の下を通る木ノ芽トンネルを抜けると、木ノ芽川の上流部の新保地区に出る。
木嶺の山々の1つ、鉢伏山から流れ出る木ノ芽川は、新保地区で棚状の田んぼを潤しながら敦賀市内へと流れて行く。
(06.07.02.撮影)

次回は、敦賀市内へと向かって行きます。


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2011.01.23 | コメント(0) | トラックバック(0) | 北陸の国道

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