被災地通い12



7月の暑い時期から始まった被災地通いも、
とうとう雪の季節になりました。

路面は凍結し、凍結防止剤が撒かれ、
夜間の峠越えを避けて、日中に移動する。

東北道のある内陸部から、被災地の沿岸地域までは、
山間部を通らなければならないという、交通条件。

夏には気にならなかった気象や路面も、
この時期は、命に関わる条件になる。

雪に不慣れなボランティアや復興関係者の事故は、
なんとしても避けたい。

---
今日で、震災発生から9ヶ月。

表面的には、明るく付き合ってくれる仮設住宅の方々も、
不眠に悩まされたり、寂しさを訴えたり、救えなかった命を悔いたり、
内面的で、僕たちには見えない、何かを抱えている。

僕たちは、その「何か」をぬぐい去ることはできないけれど、
少しでも前を向いて歩き出せるように、
少しの間だけでも忘れていられるように、
楽しい時間を企画して、その時間を一緒に過ごした。

そのことを思い出して、暗い時間より明るい時間のほうが増えてくれたら、
いいのかなあ…と思いつつ。

暗い時間もあるから、人は豊かになっていくのかなあ…。
なんて、自分の経験とも比べてみたりする。

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昨夜も、初めてお会いする被災者の話を聞いた。
ホントに、「3/11」の話は、人それぞれ。
同じ物語なんて、1つもない。

だけど、どの物語も「3/11」が共通点。
いろんな人の人生の交差点になっている。

2011.12.11 | コメント(0) | トラックバック(0) | 国道男2011年

被災地通い11

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活動の原資となる助成金が取れることになり、
ふたたび、岩手県住田町への行き来が始まります!

被災された方からも、
仮設住宅を受け入れた集落の方からも、

「いつ来るの?」とか
「特に用はないんだけど…」とか

ちょくちょく電話がかかってきます。
とても嬉しいことです。

助成金は、具体的な成果だけでなく、
人のつながりも作っていくんだなあ、と、
しみじみと、助成元にも感謝です。

ボランティアの自己満足に終わらないように、
具体的な成果もあげられるように、頑張っていきます。

---
12ヶ月点検を迎えたワンダーランド3号。

4回目となるタイミングベルト交換を行いました。
そして、初めて、スタッドレスタイヤを装着しました。

これから年度末までのあいだ、
東京と岩手を何往復とするだろうから、

毎度のことながら、けっして安くない整備費を払って整備しました。

日産の営業マンさん、
「整備する前に、次の車を買うことも検討してよ…」
と、しびれを切らしていました。

でもね、毎度言うけど、
「日産は、35万キロも走る丈夫なクルマを作ってるんだから、
 それをウリにしたらいいのに…」

そしたら、
「そんだけ高い整備代を払い続けていれば、そりゃ乗れるさ。
 でも、整備工場をそんなに儲けさせなくても…」

今の時代、大量生産・大量消費・大量廃棄の時代でもないから、
直して乗れるのなら、直して乗ります。

---
というわけで、雪の情報もちらほら耳にする、東北。
いつもより時間をかけて、ゆっくり、行ってきます。

2011.11.22 | コメント(0) | トラックバック(0) | 国道男2011年

被災地通い10

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通い続けた、岩手県住田町。

陸前高田、大船渡、大槌から避難してきた方々が暮らす内陸の町。
見知らぬ人たちが集まって暮らす仮設住宅。
普段は明るくても、やはり被災者。
失った家族や思い出。
支援者の僕には、経験したことの無い悲劇。

でも、明るく、強く。
そういう力を、目の当たりに体験した4ヶ月。

その力が持つ魅力に惹かれて、600kmの道のりを通い続けた。

---
「次の助成金が取れるかどうか分かりませんが、
 予算も尽きたので、今日で、帰ることにします」

これまでにお付き合いのあった、町内の3ヶ所ある仮設住宅に、
挨拶して回った。

サポートしてくれた役場の方々とも、酒を交わす。
仮設住宅を受け入れた集落の方々とも、酒を交わす。

せんべつの言葉。

「楽しい時間をありがとう」
「被災者・支援者の関係でなく、友だちとして、また来て欲しい」
「5年、10年後の被災地を見に来て欲しい」
「次は、どこで呑む?」
「風呂に困ったら、うちにおいで」

やってきたことが報われた瞬間。
またして、涙が。

また、行きたい…あの方々が暮らす場所へ。

---
自分の生活の基礎となっていた仕事を放り投げて、4ヶ月。
そろそろ、自分の心配もしないといけないので、
東北の地と、しばしのお別れ。
復興は、まだまだこれからだから、必ず戻ります。

「東北魂・絆」と書いてあるステッカーを車に貼って、
心はいつも東北に残してあることを宣言しつつ、
いつもの生活の立て直しをしていきます。

素晴らしい日本は、壊れてはいない!

2011.11.07 | コメント(0) | トラックバック(0) | 国道男2011年

被災地通い8

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東京を出た時は、衣替えの前。
まだ半袖で十分な気候だったのが、
10日間も被災地に滞在しているうちに10月になり、
朝晩の気温は1桁になり、半袖でいると「元気な小学生」みたいになる。

岩手山では雪が降り、クルマのフロントガラスは冷たい露が覆う。
東北は一気に寒くなるので、「秋が無い」とも言うそう。

そうなので、次はちゃんと、長袖と、厚手の布団を持っていく。

---
仮設住宅の支援活動が始まって3ヶ月。
3ヶ所の団地を回りながら、多くの被災された方々と話をし、
僕の名前も覚えてくださる方々も多くなってきて、
本当に、東京での用事を済ませてこの地に戻ってくると、
「ただいま!」という気分になる。

物資の支援、心のケア、という支援から、
文化的で創造的で建設的な活動をしたいという被災者の方々の
活動を支える支援へと変わっていきそうだ。

「大工仕事ならできるから、棚作りを手伝いたい」
「手芸が好きだから、こんど、アートフェスタに出展したい」
「吉田拓郎の歌を歌いたい」

津波は、道具や楽器なども流していったが、
彼らの腕や技術までは、流すことは出来ない。

同じ趣味の方々が集まってサークルを作ったり、
自分の役割を自分で見つけてお隣同士で助け合ったり、

2年で自立して出て行かなければならない仮設の団地コミュニティでも、
しっかりとしたコミュニティが育ってきている。

---
僕も、そのコミュニティの中にはまっているが(※)、
さらに、周辺の地元の方々もはまり、
「支援する」「支援される」という特別な関係ではなく、
ご近所で困ったことがあれば、お互いに助け合う、という、
ごく日常的な関係に、だんだんなってきている。

日本が忘れてきたと思っていた地域コミュニティは、日本人は忘れてはおらず、
震災は、それを呼び覚ました。

(※)気仙地域の方言で、「グループの輪の中に入ること」を「はまる」というそうです。

---
今回は10日間の滞在でしたが、1日だけオフにして、
未走破国道を目指して、ドライブに出かけました。
拠点地に戻る途中、虹をみつけました。

太陽と雨が出会って、輝くのが虹。
嬉しいことも、辛いことも、勇気を出して受け入れたら輝くね、きっと。

2011.10.06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 国道男2011年

被災地通い7

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西日本を荒し回ったあの台風が去り、夏を持っていき、
さわやかな秋がやってきた東北。

たくさん届けられた元気だったヒマワリも下を向き、
棒という棒の全てに赤とんぼが泊まり、
朝晩は20度前後まで下がるようになり、
そろそろ、冬の心配が始まる被災地。

被災者用の冬着の支援の問題、
砂利敷きの仮設団地の除雪の問題、
ボランティアが寝泊まりする宿泊所の問題、
復興車両の冬支度の問題、
などなど。

震災発生から半年が経ち、
遠くても消えない震災の記憶が心に染み付き、
活動を切り上げる長期ボランティアも徐々に現れ、
なんとなく、心の中にも秋の風が吹いている。

僕にとっては、あの台風は、そういう台風でもあった。

---
数多く作られた仮設団地。
「2年も住むんだから、コミュニティが大事」という所もあれば、
「2年後には別れるんだから、それほど大事でない」という所も。
団地によって、その運営はまちまち。
仮設団地の支援も、それに応じて多様な方法を考える。

行政、地元民、NPO、ボランティアが、
それぞれの役割を理解して、力を合わせて、全力で動く。
その力が仮設団地の方々にも理解され、団地の力が動き始める。
その力が、復興へとつながっていくに違いない。

そのパワーがとても感動的で、涙が出てきそうになる。

---
東北との往復生活が始まってから2ヶ月。
活動も徐々に浸透し、いろんな方々に出会った。

この震災が無ければ、出会わなかったであろう、東北の方々。
出会ってしまったからには「また会いたいね」という別れの日が来るまで、
僕も全力で。

---
写真は、増水すると、わざと崩れるようになっている木橋。
台風の増水で崩れてしまっているが、そのうち、地元の人が直す。
木橋の部材は全てワイヤーでつながっているから、流されない。

「壊れても、直してしまえばいい」それが復興か…

2011.09.15 | コメント(0) | トラックバック(0) | 国道男2011年

被災地通い5

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震災発生から5ヶ月。
仮設住宅での暮らしも、少しずつ落ち着いてきた様子。

まだたくさんやってくる、仮設住宅への支援も、
「そろそろ、もう、いいよ」という感じになり、
いずれ戻るご自宅の復興のほうに、力を向けている様子。

でもまだ、仮設住宅に入らずに自力で、
生活再建をしている方々への支援が、十分に届いていない。

将来に向けての人々の意欲と、
失われていった人々への哀悼が、
渦巻いていた、大船渡の灯籠流し。

今年は、例年の倍以上の人出だそうな。

「大好きな海よ。私たちの心は、壊れちゃいない。」
の言葉に、大船渡の底力を感じ、未来を確信する。

---
東北被災地に、行ったり来たりすること、
8月は3往復、滞在日数延べ13日。

東京に半分、東北に半分。
それぞれ100%の力を出し切ると、
疲れきってしまうだろうから、
それぞれ60%くらいの力で活動する。

東京に戻っても、「おかえり~」。
東北に戻っても、「おかえり~」。

どっちが、「ただいま」だか、分からなくなる。
というか、もう、どっちも自分の場所。

自分の場所だと感じなければ、3往復も、できない。

---
4・5月の早い段階から炊き出しや心のケアを行っていた、
ボランティアもそろそろ引き上げていっている。

これからは、もっともっと長い、
数ヶ月も、1年も、数年もかかる復興の段階。

ボランティアだけでなく、地元の方々、被災された方々が、
最低限の支援で乗り越えていく段階だと思う。

後方支援へと、形を変えていきたいと、
僕も次の策を考えている…

2011.08.25 | コメント(0) | トラックバック(0) | 国道男2011年

被災地通い4


だいたい週に1往復。
東京に戻ってくると、
「東京にいるうちに…」と、
打合せをたくさん詰め込む。

そして、打合せをやると、宿題が生まれ、
次の東北行きまでの間に、
宿題を済ます。

という感じで、
東京にいる間は、かなり忙しい。

---
「今日はいったん、東京に帰ります。また週末に来ます。」
と被災者の方々に挨拶すると、

「気をつけてなあ!」
と、みんなが見送ってる。

そんな簡単なやり取りだけど、
ちょっと涙が出そうになる。
みんな、暖かい。

すぐ、戻るからね。
---
東京での打合せ。
ホテルのカフェ。

「何か食べれば?」
と進められてアップルパイを頼んだら、
こんなスゴいのが出てきた。

…マクドナルドのアップルパイを想像してたんだけどな。

「東京で、こんなもの食べてきた」
って、ちょっと言えない。

2011.08.06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 国道男2011年

被災地通い3

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行って、帰って、1000km。

首都高から東北道に入り、水沢ICで降りて、
北上高地の峠を越えて、東の沿岸部へ。
そして帰りは、その逆のルート。

ひたすら走る。
体も慣れてくると、休憩は1回だけで良い。

---
沿岸部から少し内陸の、住田町。
家を失った方々が暮らす、仮設住宅のある町での支援をしています。
受け入れ側の地域の方々と一緒に活動しています。

「買ったばかりの家が流され…」
「先輩の高級車が、雑巾のようにねじれ…」
「料理人だった息子と嫁は、まだ見つからず…」
「セシウムで出荷停止になった畜産農家…」

地元では、まだまだ、そんな話が出ています。

何かできることはないか、と、多くの人が想っています。
そして、その想いを形にしたいと努力している人たちがいます。

被災者、支援者、多くの人たちと話をしながら、一歩ずつ、
「過去の話」よりも「未来の話」のほうが増えるように、
小さなお手伝いをしたいと思っています。

小さなジャンプでも、それを繰り返せば、いつかは大きな軌跡に!

---
明日は東京で仕事なので、戻ってまいりました。
週明けにまた、東北道の星になります。

2011.07.28 | コメント(2) | トラックバック(0) | 国道男2011年

被災地通い2


陸前高田や周辺地域の方々が暮らす仮設住宅。

集まって暮らしつつも、
意外とコミュニケーションが少ない仮設暮らし。

そのサポートを行うボランティアを、
3人の仲間で切り盛りしています。

4日間滞在して、仲間を残して、
一旦帰京します。

明日は東京で、本業の仕事。

交通費節約のため、
0時過ぎに浦和料金所を通る予定ですが、
帰宅は午前様。

次は月末ごろに、
また、東北入りの予定です。

---
写真は、仮設住宅の街の上空に現れた虹。

人と人がつながるとイイネ。

2011.07.14 | コメント(1) | トラックバック(0) | 国道男2011年

被災地通い


来週から、かなりの頻度で、
東日本大震災の被災地に通うことになりました。

これまでにも、仲間とともに、
3度、東北入りし、
どんなサポートができるかを、地元の方々と話をしてきました。

そのなかから、具体的なミッションを任されることになりました。

来週から3ヶ月間、
仮設住宅で暮らす人たちのサポートをしていきます。

東京でも、本来の仕事があるので、
3ヶ月間、行ったり来たりの生活が続く予定です。

ワンダーランド号も、何往復もすることになります。

頑張ってきます。

2011.07.08 | コメント(2) | トラックバック(0) | 国道男2011年

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