国道504号 川内川が作る盆地の都市・宮之城

穴川の谷口の田園地区(鹿児島県さつま町・旧宮之城町)
R504_347
シラス丘陵から流れ出る穴川は、東シナ海に注ぐ川内(せんだい)川の支流の1つだ。
上流の旧薩摩町から流れてきて、旧町境を過ぎたあたりから徐々に谷が開けてきて、宮之城盆地を作っていく。
川の流域には水田や畑が広がる田園地帯になっている。
(06.05.07.撮影)

田畑の広がる宮之城盆地(鹿児島県さつま町・旧宮之城町)
R504_350
鹿児島県北部を横断して流れる川内川は、宮之城や大口などの盆地を持つ一級河川だ。
盆地には複数の支流が集まって大地を潤し、農業が発達して、人口が集積して、文化が集まってくる。
支流の穴川と本流の川内川が徐々に近づいてくると、平坦な土地も広くなり、大規模な水田・畑が広がる。
(06.05.07.撮影)

川内川に架かるとどろ大橋(鹿児島県さつま町・旧宮之城町)
R504_357
川内川が作る宮之城盆地は、鹿児島市と熊本・福岡を結ぶ薩摩街道の要所にある。
そのため、宮之城は古くから経済・文化の中心地として栄えてきた。
橋の名前の由来である「轟(とどろ)の瀬」は、江戸時代以前には滝であった場所だが、物資の集積地であった宮之城への舟運航路の開発のために江戸時代に薩摩藩が開削したところだ。
写真は、岩場が多く残された「轟の瀬」を渡るとどろ大橋。
(06.05.07.撮影)

R504は高尾野町まで続きますが、今回の紹介はこれで終わり。

2010.05.24 | コメント(0) | トラックバック(0) | 九州の国道

国道504号 穴川沿いの旧薩摩町

農村地帯の穴川流域(鹿児島県さつま町・旧薩摩町)
R504_331
標高400mのなだらかなシラス丘陵から流れ出る穴川は、東シナ海に注ぐ川内(せんだい)川の支流だ。
この穴川が作る西に開ける東西の谷あいの町が、旧薩摩町だ。
溝辺町から分水界を越えてやってきた国道は、薩摩町の最初の市街・永野で向きを西に変える。
永野には1640年から始まった金山の跡があって栄えたが、現在は農村地帯となっている。
シラス丘陵では少なかった水田も、分水界を越えた薩摩町では徐々に増えてくる。
(06.05.07.撮影)

穴川流域の丘陵(鹿児島県さつま町・旧薩摩町)
R504_335
東から西流する穴川は、旧薩摩町内では蛇行を繰り返す急流区間で、平地は少ない。
永野地区で開けているほかは、主立った平坦地は無く、国道も丘陵地帯の中を走っていく。
細かくアップダウンと小刻みなカーブが繰り返される区間だ。
小規模な水田の他に、畑地や畜産などの施設も並ぶ田園地帯だ。
(06.05.07.撮影)

川内川支流・穴川(鹿児島県さつま町・旧薩摩町)
R504_339
標高400m前後の丘陵から流れ出す穴川は、旧薩摩町の農村地帯を養う小さな河川だ。
渓谷の中で蛇行を繰り返して平地の少ない流域では、小規模な水田が多く点在し、畑や畜産なども盛んだ。
人口5000人程度の旧薩摩町は、穴川に面した広瀬地区が中心部であった。
やや広めの平地があって、近隣都市である大口市への街道の分岐点にもなっている。
(06.05.07.撮影)

穴川の渓谷(鹿児島県さつま町・旧薩摩町)
R504_343
穴川が作る小さな谷は、やや深い渓谷になっているが、川沿いのわずかな平坦地には水田や畑が並ぶ。
両岸に丘陵が迫る小さな谷の端を国道は走っていく。
現在は合併してさつま町となった隣町の宮之城町に差し掛かる頃には、狭い谷も一気に開けて、宮之城盆地へと向かっていく。
(06.05.07.撮影)

次回はさつま町の旧宮之城町を紹介します。


2010.04.20 | コメント(2) | トラックバック(0) | 九州の国道

国道504号 北薩横断道路・野坂から永野

野坂・永野間の旧道区間(1)(鹿児島県さつま町・旧薩摩町)
R504_317
北薩横断道路は、霧島市から出水市まで結ぶ地域高規格道路で、国道504号の自動車専用道路として整備が進められている。
その一部開通区間として、霧島市の野坂インター・永野インター間が開通している(撮影当時。その後さつま観音滝インターまで延伸開通)。
この自動車専用道路に対して、旧道も存在している。
幅員がやや狭く、小さな丘を越えて川内川流域へと向かっていく。
自動車交通は、むろん自動車専用道路へと流れていき、旧道の交通は皆無に近い。
(06.05.07.撮影)

野坂・永野間の旧道区間(2)(鹿児島県さつま町・旧薩摩町)
R504_322
鹿児島湾へ注ぐ崎森川の流域と、東シナ海へ注ぐ川内川の流域の分水界となっている緩やかな丘陵を越える。
緩やかな丘陵であるため、北薩横断道路でもトンネル無しで越えるような峠だ。
旧道はやや幅員が狭いが、交通量がほとんどないので、こちらも走りやすい。
(06.05.07.撮影)

野坂・永野間の北薩横断道路(1)(鹿児島県さつま町・旧薩摩町)
R504_325
地域高規格道路として整備が進められている北薩横断道路は、先行して野坂・永野間が開通した。
分水界にもなっている緩やかな丘陵の中腹に、盛り土された直線の道路構造物が横たわっている。
旧道との間には川内川へと注いでいく小さな川があって、山あいの小さな畑作地がある。
(06.05.07.撮影)

野坂・永野間の北薩横断道路(2)(鹿児島県さつま町・旧薩摩町)
R504_329
並行している旧道と新道は、谷あいの畑作地を挟んで、緩やかな丘陵越えを終える。
永野インターで旧道と新道が再び合流するころには、畑作地も広くなっていく。
右手に見えるカーブした道路が、永野インターのランプウェイ。
前方の山々が、越えてきた丘陵地帯である。
(06.05.07.撮影)

次回はさつま町の旧薩摩町のつづきを紹介します。


2010.04.10 | コメント(0) | トラックバック(0) | 九州の国道

国道504号 野坂インターチェンジ・北薩横断道路

北薩横断道路(鹿児島県霧島市・旧横川町)
R504_313
北薩横断道路は、現在一部供用中で、今後整備が進められる予定の地域高規格道路だ。
地域高規格道路とは、それよりもワンランク上の全国レベルで整備される高規格幹線道路のネットワークに組み込まれる道路網だ。
国道504号は、北薩横断道路を整備するために指定された国道と言っても良く、ほぼ全線に該当する区間が地域高規格道路になる予定だ。
現在は、その一部のみが開通して無料で通行できる。
写真はその末端である野坂インターチェンジ。
写真左手にあるガードレールが、インターチェンジのランプウェイ。
写真の道路は旧道。
(06.05.07.撮影)

野坂の旧道区間(鹿児島県霧島市・旧横川町)
R504_315
一部開通の北薩横断道路の野坂IC=永野IC間は、野坂という小さな集落と分水界を迂回する区間だ。
分水界は、鹿児島湾に注ぐ崎森川の支流・網掛川と、東シナ海に注ぐ川内(せんだい)川の支流・南川を分つ。
標高400mと満たない緩やかな峠越えとなる区間だ。
写真は旧道の区間。
並行する北薩横断道路は無料なので交通はこちらに流れ、旧道の交通量は皆無に等しい。
(06.05.07.撮影)

次回はさつま町の旧薩摩町を紹介します。


2010.03.02 | コメント(0) | トラックバック(0) | 九州の国道

国道504号 網掛川源流域・溝辺町北部

網掛川(鹿児島県霧島市・旧溝辺町)
R504_302
火山灰などから成る地質に覆われたシラス台地は、水持ちが悪く農業に不適な土地である。
溝辺町の南部のシラス台地には主立った河川も無いが、北部は網掛(あみかけ)川という2級河川が流れる。
川沿いは比較的平坦な土地が作られ、水の得られないシラス台地の上とは違って、水田が広がる。
網掛川は貴重な水源として昔から水の取り合いが繰り返されたそうだ。
(06.05.07.撮影)

網掛川上流部1(鹿児島県霧島市・旧溝辺町)
R504_306
シラスに覆われている溝辺町南部とは違って、山地と河川低地が特徴的な北部では、水田が広がる。
この辺りを源流域とする網掛川が、水田を養っている。
アップダウンの多い南部地域とは違い、国道も平坦な中を走っていく。
(06.05.07.撮影)

網掛川上流部2(鹿児島県霧島市・旧溝辺町)
R504_311
国道は、網掛川が作る平坦な地形を離れて、緩やかな丘陵に差し掛かる。
別の水系へと越えていく。
少し高まったところからは、網掛川が養う水田地帯が見渡せる。
(06.05.07.撮影)

次回は霧島市の旧横川町を紹介します。


2010.02.28 | コメント(0) | トラックバック(0) | 九州の国道

国道504号 シラス台地の鹿児島空港

鹿児島空港のアクセス路(鹿児島県霧島市・旧溝辺町)
R504_283
九州で福岡空港に次ぐ乗降客数のある鹿児島空港は、国道504号に沿ってある。
鹿児島市内からは離れた場所にあるが、九州自動車道の高速道路のインターがあり、鹿児島だけでなく宮崎西部や熊本南部からもアクセスしやすい。
空港前からインターにかけてのみ、国道は片側2車線の広い道路になっていて、レンタカー店やホテルなどの観光施設が並ぶ。
(06.05.07.撮影)

鹿児島空港(鹿児島県霧島市・旧溝辺町)
R504_288
第二次大戦の海軍基地の跡地に整備された鹿児島空港は、南西諸島へ飛ぶ路線の中継地でもあり、上海や韓国への国際線も持つローカル空港だ。
鹿児島市街からは高速道路を使えばアクセスしやすく、インターから空港までは国道を経由する。
空港は十三塚原(じゅうさんつかばる)と呼ばれるシラス台地の上にあって、透水性が悪い地質にある。
空港建設にあたって、周辺では土地改良整備が進められ、農業も盛んな地域だ。
(06.05.07.撮影)

空港周辺の畑作地帯(鹿児島県霧島市・旧溝辺町)
R504_291
空港整備とともに進められた農地整備によって、農業には不適なシラス台地が大規模農業・畜産業地帯に変わった。
空港周辺にはわずかにホテルなどの商業施設があるが、それ以外はほとんどが農地だ。
溝辺町の主要産品は茶で、そのほかに畜産やサツマイモなども産する。
写真はシラス台地に広がる茶畑。
(06.05.07.撮影)

シラス台地のアップダウン(鹿児島県霧島市・旧溝辺町)
R504_298
火山灰や土石流が堆積したシラス台地は、降った雨は速やかに地中に浸透するために水持ちが悪く、水田よりも畑作が中心である。
台地の中を走る国道は、緩やかな起伏のある地形の中にあり、アップダウンが連続する。
(06.05.07.撮影)

次回は霧島市の旧溝辺町(北部)を紹介します。


2010.02.16 | コメント(0) | トラックバック(0) | 九州の国道

国道504号 シラス台地の丘陵・旧隼人町

今日から霧島市からさつま町までの国道504号を紹介します

R223交点・東郷地区(鹿児島県霧島市・旧隼人町)
R504_271
鹿児島湾の最奥部に位置する旧・隼人町は、隣接する旧・国分市とともに、県内で有数の大きな都市圏を形成している。
空港、高速道路、幹線国道が集まってくる隼人町は、産業都市として早くから発達してきた。
ただしその都市域は天降(あもり)川下流部の平野であって、北部の丘陵地帯は農村となる。
ここでR504はR223と分岐して西を目指す。
(06.05.07.撮影)

シラスの丘陵地帯1(鹿児島県霧島市・旧隼人町)
R504_274
鹿児島湾は、姶良(あいら)カルデラと呼ばれる、大きなカルデラ火山の構造を成していて、2万5千年前に大噴火が発生したと言われている。
この時の火砕流や噴出物が堆積して出来た地質は「シラス」と呼ばれている。
シラスは、鹿児島県の全域、熊本や宮崎にも広がっている。
隼人町北部も、このシラスで覆われた台地となっていて、シラス丘陵をぬう国道ではアップダウンが始まる。
(06.05.07.撮影)

シラスの丘陵地帯2(鹿児島県霧島市・旧隼人町)
R504_278
シラス台地は水持ちが悪くて栄養分も少なく、農業としては、サツマイモやタバコ、大根などの作物に限定される。
台地の上は、こうした農地が広がるほか、サツマイモを飼料とする黒豚などの畜産業も盛んだ。
丘陵のアップダウン区間が続く中、時おり農地や養豚場などの広い空間が現れては消えていく。
(06.05.07.撮影)

次回は霧島市の旧溝辺町を紹介します。

2010.02.01 | コメント(0) | トラックバック(0) | 九州の国道

国道446号 若山牧水生家

母の望んだ場所(宮崎県日向市・旧東郷町)
R446_206
昨年夏に他界した僕の母が、かねてから行きたいと言っていた場所が、R446沿いにある若山牧水の生家。
母は長年、仕事の合間に短歌の勉強をしていて、歌人・若山牧水の歌を好んでいたようでした。
歌のことなどさっぱり分からない僕にとっては、若山牧水の歌の趣きなどまったく分かりません。

この家に生まれた牧水は、28歳のとき父危篤の知らせを聞いて帰省し、その苦悩を500首を超す歌に詠んだ、と生家の説明書きにありました。
その時の牧水の1首が、生家の裏山に石碑として残されています。
「ふるさとの 尾鈴のやまの かなしさよ
  秋もかすみの たなびきてをり」
その年に牧水の父は帰らぬ人となりました。

母がまだ元気だったころに、まず先に僕が、国道走破の九州遠征のついでに訪れた若山牧水の生家。
母は老後の楽しみに、父と2人でここを訪れることを夢見ていましたが、結局行くことなく他界しました。
僕だけ行ってしまった、という後ろめたさがあって、僕にとっては一生忘れられない場所になるでしょう。
母の棺にこの写真を入れましたから、きっと天国からこの家を見ていることでしょう。
(07.05.01.撮影)

国道沿いの生家(宮崎県日向市・旧東郷町)
R446_215
国道沿いにある若山牧水の生家は、150年も前の1845年ごろに建てられたもの。
国道は大きくカーブを描いていて、カーブの外側に駐車帯があって、そこに車を停めれば自由に誰でも生家を訪問することができる。
この家で牧水は父の看病の生活を送った。
(07.05.01.撮影)

国道と坪谷川(宮崎県日向市・旧東郷町)
R446_219
生家の前を流れる坪谷川には、両岸から山が迫っている小さな谷になっている。
坪谷川は2級水系・耳川の支流で、日向灘へと注いでいる。
日向の市街まで20kmほど離れている静かな山里で、牧水はここで生まれ育った。
(07.05.01.撮影)

坪谷川を泳ぐ鯉のぼり(宮崎県日向市・旧東郷町)
R446_216
生家の対岸には、近年再整備された牧水記念館がある。
国道から記念館へ入るには坪谷川を越す橋を渡るが、この橋に沿うように鯉のぼりが泳いでいる。
山あいの谷の強い風に吹かれて、橋の欄干にまで尾ひれをなびかせる。
(07.05.01.撮影)

R446紹介終わり ※鯉のぼりなんて、季節外れですみません。

2009.11.19 | コメント(4) | トラックバック(0) | 九州の国道

国道327号 岩屋戸ダム湖畔の国道交点

岩屋戸ダム下流の狭隘区間(宮崎県椎葉村)
R327_051
昭和初期にダム開発のために敷設された道路が、国道として使われている。
元々、椎葉村は北の五ヶ瀬町の方と結びつきが強く、東の日向市と結ばれたのは、このダム開発のために作られた道のお陰だ。
とはいっても、幅員が狭く、急峻なV字谷を通るために、難所であることには変わらない。
諸塚村中心部と椎葉村中心部の間は、このような区間が25kmほど続く。
(06.05.08撮影)

岩屋戸ダム(宮崎県椎葉村)
R327_049
戦前の昭和17年に竣工した岩屋戸ダムは、耳川に連なるダム群のうちの1つで、発電が主な目的のダムだ。
ダムは国道のすぐ脇にあって、写真のフェンスの向こうがダム管理地。
ここを過ぎると、もう間もなく、椎葉村中心部も近づき、国道265号との交差点も近い。
(06.05.08撮影)

ダム湖畔の交差点(宮崎県椎葉村)
R327_046
耳川の最上流部にある椎葉村は、途中の中流部が急峻な地形となっていて、下流部に向かう交通にとっては難所であった。
むしろ、分水界を越えて五ヶ瀬町へ抜けるほうが比較的容易で、かつては五ヶ瀬町と同じ西臼杵郡に属していた。
しかし、国道327号の前身であるダム開発用道路によって、耳川下流の日向市との結びつきが強くなって、戦後間もなく東臼杵郡に編入された。
以降、国道327号は椎葉村にとって重要な交通路になっているのだが、村内にはもう1つ、国道265号が通る。
数字的にはこちらの方が若く、村にとってもう1つ重要な、五ヶ瀬町へと抜けるルートだ。
その2つの国道の交差点が岩屋戸ダムの細長いダム湖畔にある。
(06.05.08撮影)


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2009.08.24 | コメント(0) | トラックバック(0) | 九州の国道

国道327号 耳川沿いのの道路改良

松尾地区の狭小区間と耳川(宮崎県椎葉村)
耳川の左岸を走り続ける国道は、昭和初期の電源開発のために作られた道が基礎となって出来た道路だ。
西の日向市へ抜けるのも悪路、北の五ヶ瀬町へ抜けるのも悪路、という陸の孤島の椎葉村は、この国道の開通によって、西とのつながりが強くなった地域だ。
その交通を困難とさせている耳川の渓谷沿いには、点々と集落が存在する。

R327_061
耳川沿いの幅員の狭い「酷道」(06.05.08撮影)

R327_060
深い谷を作る耳川(06.05.08撮影)

災害常襲地での道路改良(宮崎県椎葉村)
昭和初期に作られた道を直しながら使ってきた国道は、台風などの災害にもろく、ほぼ毎年土砂災害の被害に遭っている。
道の開通によって日向市との行き来が増えたが、幅員も狭く、大型車の通行も困難な状態だ。
悪条件の道路を少しずつ改良する工事が進んでいる。
写真の耳川を渡る橋もその1つ。
古い道は、屈曲する耳川に忠実に沿って走っているが、新しい道は橋を作ったり斜面を切り開いたりして、線形を考慮して作られる。
撮影当時は工事中であったが、現在は開通。

R327_056
改良が進む国道の工事(06.05.08撮影)

R327_055
改良前の狭い国道(06.05.08撮影)


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2009.08.10 | コメント(0) | トラックバック(0) | 九州の国道

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